名古屋高等裁判所 昭和32年(う)617号 判決
原判決挙示の、原判示第一の事実に関する証拠を総合すると、被告人は客を装つて山田りを方店舗に入り店番をしていた山田始から男持腕時計など二点を買い受けるからと申し向けて受け取つた上、同人の隙を見すまし、これを所持したまま同所から逃走したことを認めることができ、記録を調査してもこの認定に事実の誤認があるとは認められない。しかしながらかように店舗内で店員などから買い受けるからと申し向けて商品を受け取つただけでは、右商品の占有はなおその店主にあり、いまだ右前者に移転し終つたものではないと認めるが相当であるから、店員の承諾を得ないでこれを持ち逃げした所為はまさに窃盗を構成するものといわなければならない。所論の実況見分書中詐欺とあるのはその作成者において右不動文字を消し忘れたものに過ぎないこと、同見分書中爾余の記載に徴し明白であるから、右は何ら右認定を妨げる資料となるものではない。従てつ結局叙上と同趣旨に出た原判決の認定は相当である。そして窃盗罪につき簡易裁判所に事物の管轄権のあることはいうまでもなく、又被告人が公判廷において叙上と同趣旨の公訴事実につき有罪である旨を陳述した以上、簡易公判手続によつて審理をなし得べきことも多言を要しないところである。それ故原判決には何ら所論のような違法があるということはできない。所論は独自の見解に過ぎない。論旨はすべて理由がない。
(裁判長判事 吉村国作 判事 柳沢節夫 判事 中浜辰男)